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最高裁判所第3小法廷判決 平成5年10月19日(判例タイムズ835号140頁)

【判決要旨】 
建物建築工事の注文者と元請負人との間に、請負契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する旨の約定がある場合には、元請負人から一括して当該工事を請け負った下請負人が自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても、注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情がない限り、右契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する。

【事案】
第1 原審の適法に確定した事実関係の概要
1 上告人は、昭和六〇年三月二〇日、建設業者である住吉建設株式会社との間で、上告人を注文者、住吉建設を請負人とし、代金三五〇〇万円、竣工期同年八月二五日と定めて、上告人所有の宅地上に本件建物を建築する旨の工事請負契約を締結した(以下「本件元請契約」という)。この契約には、注文者は工事中契約を解除することができ、その場合工事の出来形部分は注文者の所有とするとの条項があった。
2 住吉建設は、同年四月一五日、上告人から請け負った本件建物の建築工事を代金二九〇〇万円、竣工期同年八月二五日の約定で、建設業者である被上告人に一括して請け負わせた(以下「本件下請契約」という)。被上告人も住吉建設が上告人から請け負った工事を一括して請け負うものであることは知っていたが、住吉建設も被上告人もこの一括下請負について上告人の承諾を得ていなかった。なお、本件下請契約には、完成建物や出来形部分の所有権帰属についての明示の約定はなかった。
3 被上告人は、自ら材料を提供して本件建物の建築工事を行ったが、被上告人が昭和六〇年六月下旬に工事を取りやめた時点においては、基礎工事のほか、鉄骨構造が完成していたものの、陸屋根や外壁は完成しておらず、右工事の出来高は、工事全体の二六・四パーセントであった(以下、右時点までの工事出来形部分を「本件建前」という)。
4 上告人は、住吉建設との約定に基づき、請負代金の一部として、契約締結時に一〇〇万円、昭和六〇年四月一〇日に九〇〇万円、同年五月一三日に九五〇万円の合計一九五〇万円を支払った。
他方、上棟工事は同年五月一〇日に完了し、それまでの工事分として住吉建設から被上告人に支払が予定されていた第一回の支払分五八〇万円の支払時期は同年六月一五日であったが、その前々日の同月一三日に住吉建設が京都地方裁判所に自己破産の申立てをし、同年七月四日に破産宣告を受けたため、被上告人は、下請代金の支払を全く受けられなかった。
5 上告人は、同年六月一七日ころ、被上告人から聞かされて初めて本件下請契約の存在を知り、同月二一日、住吉建設に対して本件元請契約を解除する旨の意思表示をするとともに、被上告人との間で建築工事の続行について協議したが、工事代金額のことから合意は成立しなかった。そこで、上告人は、同月二九日、被上告人に工事の中止を求め、次いで、同年七月二二日、被上告人を相手に本件建前の執行官保管、建築妨害禁止等の仮処分命令を得て、その執行をした。
6 その後、上告人は、同年七月二九日、株式会社稲富との間で代金二五〇〇万円、竣工期同年一〇月一六日の約定で、本件建前を基に建物を完成させる旨の請負契約を締結し、稲富は、同月二六日までに右工事を完成させ、そのころ上告人から代金全額の支払を受けて本件建物を引き渡し、上告人は、本件建物につき所有権保存登記をした。
第2 原審は、右事実に基づき、(一)本件建前は、いまだ不動産たる建物とはなっていなかった、(二)住吉建設と被上告人との間では出来形部分の所有権帰属の合意がなく、被上告人は本件元請契約には拘束されないから、本件建前の所有権は、材料を自ら提供して施工した被上告人に帰属する、(三)本件建物は、本件建前を基に稲富が自ら材料を提供して建物として完成させたものであり、稲富の施工価格とその提供した材料の価格の合算額は本件建前の価格を超えると認められるから、本件建物の所有権は稲富に帰属し、稲富と上告人の合意により上告人に帰属した。(四)被上告人は、本件建前が本件建物の構成部分となってその所有権を失ったことにより、本件建前の価格相当の損失を被り、他方、上告人は、本件建前を基に建物を完成させることを稲富に請け負わせ、その請負代金も本件建前分を除外した部分に対して支払われたから、本件建前価格に相当する利得を得た、(五)したがって、上告人は被上告人に対し、民法二四六条、二四八条により、本件建前価格に相当する七六五万六〇〇〇円(下請代金二九〇〇万円の出来高二六・四パーセントに相当する額)を支払う義務がある、と判断した。
3 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
建物建築工事請負契約において、注文者と元請負人との間に、契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者に帰属する旨の約定がある場合に、当該契約が中途で解除されたときは、元請負人から一括して当該工事を請け負った下請負人か自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても、注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り、当該出来形部分の所有権は注文者に帰属すると解するのが相当である。けだし、建物建築工事を元請負人から一括下請負の形で請け負う下請契約は、その性質上元請契約の存在及び内容を前提とし、元請負人の債務を履行することを目的とするものであるから、下請負人は、注文者との関係では、元請負人のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず、注文者のためにする建物建築工事に関して、元請負人と異なる権利関係を主張し得る立場にはないからである。
これを本件についてみるのに、前示の事実関係によれば、注文者である上告人と元請負人である住吉建設との間においては、契約が中途で解除された場合には出来形部分の所有権は上告人に帰属する旨の約定があるところ、住吉建設倒産後、本件元請契約は上告人によって解除されたものであり、他方、被上告人は、住吉建設から一括下請負の形で本件建物の建築工事を請け負ったものであるが、右の一括下請負には上告人の承諾がないばかりでなく、上告人は、住吉建設が倒産するまで本件下請契約の存在さえ知らなかったものであり、しかも本件において上告人は、契約解除前に本件元請代金のうち出来形部分である本件建前価格の二倍以上に相当する金員を住吉建設に支払っているというのであるから、上告人への所有権の帰属を肯定すべき事情こそあれ、これを否定する特段の事情を窺う余地のないことが明らかである。してみると、たとえ被上告人が自ら材料を提供して出来形部分である本件建前を築造したとしても、上告人は、本件元請契約における出来形部分の所有権帰属に関する約定により、右契約が解除された時点で本件建前の所有権を取得したものというべきである。
4 これと異なる判断の下に、被上告人は上告人と住吉建設との間の出来形部分の所有権帰属に関する合意に拘束されることはないとして、本件建前の所有権が契約解除後も被上告人に帰属することを前提に、その価格相当額の償金請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。