法律判例情報 > 瑕疵担保責任

最高裁判所第3小法廷判決 平成9年2月14日(判例タイムズ936号196頁)

【判決要旨】 
請負契約の目的物に瑕疵がある場合には、注文者は、瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等にかんがみ信義則に反すると認められるときを除き、請負人から瑕疵の補修に代わる損害の賠償を受けるまでは、報酬全額の支払いを拒むことができ、これについて履行遅滞の責任も負わない。

【事案】
1 本件請求は、請負人である上告人が注文者である被上告人に対して工事残代金及びこれに対する約定遅延損害金の支払を求めるものである。
2 原審の確定した事実
(1)上告人は、昭和六一年一二月二四日、被上告人との間に、被上告人が従来有していた納屋を解体して新たに住居を建築する工事について、工事代金を一六五〇万円、その支払遅滞による違約金の割合を一日当たり未払額の一〇〇〇分の一とする請負契約を締結した。
(2) 上告人は、昭和六二年一一月三〇日までに、被上告人に対し、右工事を完成させて引き渡したほか、追加工事(工事代金三四万四一四七円)も行った結果、既払分を控除した工事残代金は、合計で一一八四万四一四七円である。
(3) 他方、右工事の目的物である建物には、一〇箇所の瑕疵が存在し、その修補に要する費用は、合計一三二万一三〇〇円である。
2 被上告人は、上告人の本件請求に対し、右瑕疵の修補に代わる損害賠償債権との同時履行の抗弁を主張し、上告人は、被上告人が同時履行の抗弁を主張し得るのは、公平の原則上、右損害賠償額の範囲内に限られるべきであり、被上告人が工事残代金全額について同時履行の抗弁を主張するのは、信義則に反し、権利の濫用として許されない旨主張して争っている。
3 請負契約において、仕事の目的物に瑕疵があり、注文者が請負人に対して瑕疵の修補に代わる損害の賠償を求めたが、契約当事者のいずれからも右損害賠償債権と報酬債権とを相殺する旨の意思表示が行われなかった場合又はその意思表示の効果が生じないとされた場合には、民法六三四条二項により右両債権は同時履行の関係に立ち、契約当事者の一方は、相手方から債務の履行を受けるまでは、自己の債務の履行を拒むことができ、履行遅滞による責任も負わないものと解するのが相当である。しかしながら、瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等に鑑み、右瑕疵の修補に代わる損害賠償債権をもって報酬残債権全額の支払を拒むことが信義則に反すると認められるときは、この限りではない。そして、同条一項但書は「瑕疵カ重要ナラサル場合ニ於テ其修補カ過分ノ費用ヲ要スルトキ」は瑕疵の修補請求はできず損害賠償請求のみをなし得ると規定しているところ、右のように瑕疵の内容が契約の目的や仕事の目的物の性質等に照らして重要でなく、かつ、その修補に要する費用が修補によって生ずる利益と比較して過分であると認められる場合においても、必ずしも前記同時履行の抗弁が肯定されるとは限らず、他の事情をも併せ考慮して、瑕疵の修補に代わる損害賠償債権をもって報酬残債権全額との同時履行を主張することが信義則に反するとして否定されることもあり得るものというべきである。けだし、右のように解さなければ、注文者が同条一項に基づいて瑕疵の修補の請求を行った場合と均衡を失し、瑕疵ある目的物しか得られなかった注文者の保護に欠ける一方、瑕疵が軽微な場合においても報酬残債権全額について支払が受けられないとすると請負人に不公平な結果となるからである(なお、契約が幾つかの目的の異なる仕事を含み、瑕疵がそのうちの一部の仕事の目的物についてのみ存在する場合には、信義則上、同時履行関係は、瑕疵の存在する仕事部分に相当する報酬額についてのみ認められ、その瑕疵の内容の重要性等につき、当該仕事部分に関して、同様の検討が必要となる)。
4 これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件の請負契約は、住居の新築を契約の目的とするものであるところ、右工事の一〇箇所に及ぶ瑕疵には、(1) 二階和室の床の中央部分が盛り上がって水平になっておらず、障子やアルミサッシ戸の開閉が困難になっていること、(2) 納屋の床にはコンクリートを張ることとされていたところ、上告人は、被上告人に無断で、右床についてコンクリートよりも強度の乏しいモルタルを用いて施工し、しかも、その塗りの厚さが不足しているため亀裂が生じていること、(3) 設置予定とされていた差掛け小屋が設置されていないこと等が含まれ、その修補に要する費用は、(1)が三五万八〇〇〇円、(2)が三〇万八〇〇〇円、(3)が一八万二〇〇〇円であるというのであり、また、被上告人は、昭和六二年一一月三〇日までに建物の引渡しを受けた後、右のような瑕疵の処理について上告人と協議を重ね、上告人から翌六三年一月二五日ころ右瑕疵については工事代金を減額することによって処理したいとの申出を受けた後は、瑕疵の修補に要する費用を工事残代金の約一割とみて一〇〇〇万円を支払って解決することを提案し、右金額を代理人である弁護士に預けて上告人との交渉に当たらせたが、上告人は、被上告人の右提案を拒否する旨回答したのみで、他に工事残代金から差し引くべき額について具体的な対案を提示せず、結局、右交渉は決裂してしまったというのである。そして、記録によれば、上告人はその後間もない同年四月一五日に、本件の訴えを提起している。
そうすると、本件の請負契約の目的及び目的物の性質等に照らし、本件の瑕疵の内容は重要でないとまではいえず、また、その修補に過分の費用を要するともいえない上、上告人及び被上告人の前記のような交渉経緯及び交渉態度をも勘案すれば、被上告人が瑕疵の修補に代わる損害賠償債権をもって工事残代金債権全額との同時履行を主張することが信義則に反するものとは言い難い。