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最高裁判所第2小法廷判決 平成19年7月6日(判例タイムズ1252号120頁)

【判決要旨】
建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者は、建物の建築に当たり、契約関係になり居住者を含む建物利用者、隣人、通行人等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負い、これを怠ったために建築された建物に上記安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計者は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負う。

【事案】
1 9階建ての共同住宅・店舗として建築された建物をその建築主から購入した上告人らが、当該建物にはひび割れや鉄筋の耐力低下等の瑕疵があると主張して、上記建築の設計及び工事監理をした被上告人株式会社住報一級建築士事務所(以下「被上告人住報」という。)に対しては、不法行為に基づく損害賠償を請求し、その施工をした被上告人株式会社菅組(以下「被上告人菅組」という。)に対しては、請負契約上の地位の譲受けを前提として瑕疵担保責任に基づく瑕疵修補費用又は損害賠償を請求するとともに、不法行為に基づく損害賠償を請求する事案。
2 原審が確定した事実関係
(1)被上告人住報は、建築設計及び企画並びに工事監理を目的とする会社である。被上告人菅組は、土木建築業を目的とする会社である。
(2)山本鎮雄は、昭和63年8月8日、第1審判決別紙1物件目録記載2の土地(以下「本件土地」という。)を買い受け、同年10月19日、被上告人菅組との間で同目録記載1の建物(以下「本件建物」という。)につき工事代金を3億6100万円(ただし、後に560万円が加算された。)とする建築請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。
(3)被上告人住報は、本件建物の建築について、山本から設計及び工事監理の委託を受けた。
(4)本件建物は平成2年2月末日に完成し、被上告人菅組は、同年3月2日、山本に対し本件建物を引き渡した。
(5)上告人らは、平成2年5月23日、山本から、本件土地を代金1億4999万1000円で、本件建物を代金4億1200万9270円で、それぞれ買い受け、その引渡しを受けた。本件土地及び本件建物の各持分割合は、上告人清水トミヨが4分の3、上告人清水建伸が4分の1とされた。
(6)本件建物は、本件土地上に建築された鉄筋コンクリート造り陸屋根9階建ての建物であり、9階建て部分(A棟)と3階建て部分(B棟)とを接続した構造となっている。
A棟は、1階が駐車場となっており、2階から9階までが各階6戸の賃貸用住居で、各住居にバス、トイレ、台所が設置されている。各住居の南側にはベランダがあり、北側には共用廊下がある。A棟西側にはエレベーターが設置されている。B棟は、1階が店舗、2階が事務所となっており、3階はやや広い賃貸用住居2戸となっている。
(7)本件建物には、次のとおりの瑕疵がある。
ア A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と平行したひび割れ
イ A棟北側共用廊下及び南側バルコニーの建物と直交したひび割れ
ウ A棟1階駐車場ピロティのはり及び壁のひび割れ
エ A棟居室床スラブのひび割れ及びたわみ
オ A棟居室内の戸境壁のひび割れ
カ A棟外壁(廊下手すり並びに外壁北面及び南面)のひび割れ
キ A棟屋上の塔屋ひさしの鉄筋露出
ク B棟居室床のひび割れ
ケ B棟居室内壁並びに外壁東面及び南面のひび割れ
コ 鉄筋コンクリートのひび割れによる鉄筋の耐力低下
サ B棟床スラブ(天井スラブ)の構造上の瑕疵(片持ちばりの傾斜及び鉄筋量の不足)
シ B棟配管スリーブのはり貫通による耐力不足
ス B棟2階事務室床スラブの鉄筋露出
(8)上告人らは、(7)記載の瑕疵以外にも、バルコニーの手すりのぐらつき、排水管の亀裂やすき間等の瑕疵があると指摘し、これらの瑕疵も含めて本件建物に瑕疵が存在することにつき被上告人らに不法行為が成立すると主張している。

(1)建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。
(2)原審は、瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは、その違法性が強度である場合、例えば、建物の基礎や構造く体にかかわる瑕疵があり、社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっている場合等に限られるとして、本件建物の瑕疵について、不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないとする。
しかし、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、不法行為責任が成立すると解すべきであって、違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。例えば、バルコニーの手すりの瑕疵であっても、これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという、生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり、そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきであって、建物の基礎や構造く体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由もない。